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一眼でも生きている石

やるべきこと:体重65kg、ゴミ出し、掃除、睡眠時間の確保。できるまで他の一切は不要

やるべきことをやる

 前回のブログもそうだが、文章を書くと「ああしたい、こうしたい、私はこうすべきだ」式の内容ばかり書いてしまう自分に辟易する。せめて、そういう文章を読み直して、「こうしたい」はどこまで実現できたのか、あるいは妥当でない目標設定だったのか、等の評価をすることとしよう。

 そういうわけで、昨年の5月6日に書いた「当面の目標について」という記事を読み直し、目標とやらをどれくらい達成できたのかを見てみよう。

ichigan411.hatenablog.com

 1) 体重を65kgにする。今より15kgの減量

 今、だいたい73-74kgだから、道半ばといったところ。健康への意識は高いし、ジムにも週3回通い、筋トレ、有酸素運動を行っている。それにしても体重の減るペースが遅い。焦ることはないのだろうが、食生活はまだまだ大いに改善の余地あり。(菓子パン、揚げ物、ラーメン、洋菓子を食べる頻度は、この当時よりもはるかに減ったはず。)

2) 返す必要のある借金を正確に計算する。

 した。そして、元彼女への借金を返したことになっている。ただ、自分が30万円あると思っていた借金を、彼女が3万だと言い張るため、達成のハードルがやたら低くなってしまった。自分では間違いなく30万で、あと27万あると思っているので、様々な形で返していく計画である。それはまた別の話。

 その他、数年前の住民税は、「これ以上滞納すると支払い能力の調査を行いますよ」という通知が来たときに慌てて支払った。(そのときすぐに支払える貯えがあって良かった。) また、今は必要なお金と収入の予測を照らし合わせながら、買い物の計画を立てることができている。かなりマシになったと言えるだろう。

 3) ゴミの収集日には毎回、ゴミを出す習慣を身に付ける。

 出せていない。部屋が汚い。出すタイミングについてもろくすっぽ意識していない。

4) 土日祝日のどこかで毎週、1時間以上かけて部屋を掃除する習慣を身に付ける。

 できていない。部屋が汚い。特に風呂とトイレがひどい。

 5) 毎日7時間半、睡眠する習慣を身に付ける。

 できていない。寝付けないときがあるのはまだしょうがないが、ズルズルと夜更かしすることが多い。

 Fitbitの使用を再開して、睡眠時間の自動計測をするようになった。健康的な睡眠へのモチベーションが高まる。

 6) LoLは、平日はやらず、土日祝日に。土日祝日にLoLをやるとき、「2敗したら」その日はもうやめる習慣を身に付ける。

 幸か不幸か、LoL自体をこの一か月一戦もやっていない。(配信やプロの試合は熱心に観ている。)よって、達成できていると言える。

以上をすべて、達成できる目処がたったあたりで、次の目標について考え始めましょう。

 本当にそれがいいと思う。他のことはごちゃごちゃ考えず、これらをきっちり達成してから、次にいきましょう。

 なすべきこと。引き続き健康的な減量、掃除、ゴミ出し、睡眠時間の確保! 他のことはテキトーにやっておけばよろしい!

 

 

 

会社での評価が低いようなので

 ブログを書く。

 今の会社、入ったのは去年の7月で、自分がある新規プロジェクトで中心的な役割を担うことを期待されていたのだが、その新規プロジェクトの数値が現段階ですこぶる悪く、半ばおとりつぶしのような状態に、今日なった。このまま完全にプロジェクトが潰えれば、自分も会社も当初全く想定していなかった部署へ異動して、そこでもなお上手くいかなければ退職勧告、あるいは異動さえなくいきなり退職勧告かもしれない。

 かつての役所のような、暴言と理不尽の飛び交うあからさまにクソすぎる環境では全然ないのだが、そこでも自分は向いてない。まず自分が会社のことを好きでない。(おっさんの下品な会話は本当に精神を滅入らせる。)成果に対する貪欲さも、持とうとするときはあるがそこまではない。あるいは、貪欲さを発揮する方向が、中国語の習得やら経済学の勉強やら、目下の仕事ではなく「将来的に」活かすものばかりで、目の前の仕事を何とかするという意識にどうも欠けるところがある。

 生きていくのは何かと大変だ。何より、他人と価値観の合わないことが多い。自分の場合は、発想がふわふわと大きなところを漂ってしまい、足元にあるものの意義をなかなか見いだせないことが多い。英語圏のニュースストリームや、twitchで欧米人や中華圏の配信者の配信ばかり見て、日本のテレビ番組はまったく見る気がしない。身近な他社と話を合わせるのに有効なツールである国内ニュースよりも、海外ニュースのほうがどうしても気になってしまう。もうそういう性向なのだからしょうがあるまいと思う。

 この「どこか遠く」のことをいつもぼんやり考える性向を生きるのに上手く活かすには、何らかの形で「物書き」でありたいと思う。弟という身近な存在がやけに有名な作家なので、自分もその地位に近づけると思ってしまうというのもあるが、そんなことより、価値観の合わない他人の命令を受け入れ、自分もその価値観に合わせるそぶりを続けるのは、どこかでしっかり止めないと、この世界に対して負のフィードバックばかりもたらす存在になってしまいそうで、とても不安だ。

 これからゆっくりと、文章を書いたり、ブログ含むwebページを作ったりということを基礎に、小規模にコンテンツを作成して、それを経済的およびもっと広い意味での「価値」につなげていくということを学んでいきたいと思う。

 仕事がないのは困るので、来月末に申し込んだ簿記2級にはきっちり受かっておきたい。そう、貧困は困る。貧困は絶対に避けねばならない。人生の第一のルール。第二のルールは、第一のルールしかない人生にしてはならぬということだ。

19日土曜日

 土曜日はずいぶん充実していた。午前中から池袋へ、美容院に行って髪を切る。昼前から、池袋Humaxシネマにて『この世界の片隅に』の2回目を鑑賞。一週間あけて同じ映画を映画館で2回観るなど、初めての体験である。何が起こるかわかっているのに、わかっているから、一回目より体はこわばり、ずいぶんと緊張していた。映画が終わって、1回目よりもずっと大きな感動に満たされた。3回目、4回目もあるだろう。何回でも何十回でも観続けるだろう。

 ふと、母や祖母をこの映画連れてってやれないものかと思う。実現するとしたら年末年始の帰省時。そのときに地元の映画館で上映しているかどうか。ちなみに、地元の映画館とその運営会社は自前のWebサイトさえ用意していない。

 そのあと、渋谷へ移動し、某大手資格学校の説明会に参加する。米国公認会計士の資格を本気で取りに行こうという気持が固まりつつある。今後海外の会社と契約を取り交わし、折衝し、プロジェクションをしていくということを自分がやっていくなかで、必要な能力が詰まっている資格だと思うし、世界を俯瞰する目を養うという観点からも良い。

 夜、新宿の餃子店で、5年来の友人Sと、その婚約者と会う。いっしょに米国公認会計士を目指さないかという話と、「この世界の片隅に」が大変な傑作だという話を主にする。青島ビール紹興酒をずいぶんたくさんあおる。さらに、Sとふたりで新宿ダブリナーズへ行きハーフアンドハーフをパイントで飲み干す。酒が弱いので明日は二日酔いだろうと思ったが(たいていいつもそうなる)、帰りがけに「ウコンの力スーパー」を飲んだらそうならなかった。ありがたいことだ。

肉体と知識

 午前中ジムにてパーソナルトレーニングを受ける。普段のフォームがいかに自己流で間違いだらけなのか実感できるのは良い。正しいフォームをキープするのも、追い込むのも大変で、ずっとパーソナルトレーナーをつけ続けてないと肉体改造はなかなかままならないのではないか…と不安になる。

 米国公認会計士の予備校選びを始めた。明日および来週の土曜日と、某有名資格学校の説明会に参加する。自分が米国公認会計士の資格を取るべき必然性は感じられないが、ある専門知識をもってそれを軸に世界を俯瞰することができたら…という思いはある。少し話を聞いた限りでは、USCPA(米国公認会計士)はセカイをフカンするのに割と適した仕事であるようだ。

 20代のころは文学やら社会学やらを修めてそれをしようとしたわけだが…そういった分野でそれをやると、相当な才能がなければ貧困に陥る危険性が高い。

 『この世界の片隅で』の明日のチケットを予約した。映画館で観た作品を一週間後にまた観に行くなんて経験は、これまでのところない。

優先事項

 起きたら10時だった。先月末から、勤務時間が13時~22時となったので、夜型生活である。しかし昨日は1時前には寝たはずで、都合9時間布団の中にいたことになる。せっかくの午前中、もっと気分のよくなること――読書と運動――に使いたいものである。

 午前中に積極的に予定を入れるようにしたい。あしたはパーソナルトレーニング。1回あたり8,000円、4回で32,000円。高い。肉体改造を最優先とする。

太極旗とセリフの変更

 以下、ネタバレに属する事柄と思う。

 先日、

玉音放送直後に太極旗(現・韓国の国旗)が呉の街中に掲げられるシーンがある。(言うまでもなく、現地に住んでいた朝鮮人が、ついに植民地支配から解放されるという意味でかかげたものである) 映画ではこれについてすずは何も言わなかったが、原作では「暴力で従えとったいう事か。じゃけえ暴力に屈するいう事かね。それがこの国の正体かね」という非常に重要な一言を述べている。*1

 と書いたのだが、これは記憶違いで、すずは「何も言わなかった」のではなく、別のセリフを言っていた。ちゃんともう一度映画を見直して確認したいが、「絵コンテ集」に書いてあるセリフを確かそのまま言っていたと思う。

 そのセリフとは 

 「海の向こうから来たお米…大豆…そんなそんで出来とるんじゃろうなあ、うちは。じぇけえ暴力にも屈せんとならんのかね」

 である。

 これ単体で見ると、終戦という一大事に直面して錯乱している様子がうかがえるセリフということになるが、しかし元のセリフと比べると、不可解な変更だと感じる。

「暴力で従えとったいう事か。じゃけえ暴力に屈するいう事かね。それがこの国の正体かね」

 から

「海の向こうから来たお米…大豆…そんなそんで出来とるんじゃろうなあ、うちは。じぇけえ暴力にも屈せんとならんのかね」

 への変更。

 はっきりとした論理性のある原作のセリフに比べて、映画のセリフは支離滅裂になっているという印象を持たざるを得ない。いったいどうしたことか…。(絵コンテにはこう書かれていたというだけの話なので、実際どう言っていたか、ちゃんともう一度劇場に足を運んで確かめるつもりだ。)

 この件に限らず、この作品における、「見たくないものの隠蔽」という側面から目を背けるわけにはいかないのではないかと思う。太極旗が視認できるくらいだから、すずの生活圏に朝鮮人は普通にいたわけだが、それは一切出てこない。

 みんなの見たいものだけ見せて、それで「美しい映画!」と褒め合っているようでは、ひどい欺瞞である。

 もちろん自分は、この映画がひどい欺瞞だとは全く思っていない。唐突に登場する太極旗を見て、自分も含めて「しまった、彼らのことをすっかり忘れていた」と反省させられた観客は少なくないはずだ。

 この映画の圧倒的な考証、リアリティーは、必ず人々をして「当時のことをもっと知りたい」という方向に向かわしむはずである。

 そのような効果がありながら、やはり作り手の側にも「隠したい」という気持を抑えられないところがあったのではないか…と想像せざるをえない箇所はいくつもある。

 もちろん、あらゆることを隠し偽りながら生きている平凡な自分が偉そうに言えることではまったくないけれど。

 

この世界の片隅に 劇場アニメ絵コンテ集

この世界の片隅に 劇場アニメ絵コンテ集

 

 

『この世界の片隅に』感想 もっとも崇高なる「犠牲の少女」

 多くの人の「この世界の片隅に」感想を読んでいる。この映画についていろいろな人の語っているのを見るだけで楽しい。一方で自分と同じこと、近いことを言っている人が全くいないので、よほど自分がずれているのかしらんと不安になる。

 おととい書いたようにこの映画の「すごみ」は、身近ないろいろな人の「死」が「笑い」、それも「穏やかな笑い」に回収されてしまっていくところだと思う――。多くの人は単純に「苦しい状況の中で、笑いの絶えない素敵な日常を描いた映画」という感想を述べているのだが、私はむしろ「絶望的な状況の中でゆがんでしまった『笑い』のすごみ」を感じるのであるが……。

 こうの史代先生の出世作『夕凪の街 桜の国』を読む。両作品とも、残酷で美しい愛の物語。少女性を強く感じさせる、けなげな女性が、似つかわしくないむごい仕打ちにあう。(最初「処女性」と書いていたのを「少女性」に変えた)

 少女の犠牲というのは、人間社会にとって重いものであり、極めてシンボリックに作用する。この映画に、自分も含めて多くの人が心を奪われるのは、それが「少女の犠牲」の物語だからだろう。しかし、犠牲になる少女を造形するのは、言うほど簡単なことではあるまい。

 あまり安易に他の作品と比較したくないが、『この世界の片隅に』のすずさんは、「魔法少女まどか☆マギカ」の鹿目まどかよりも、ナウシカよりも、ずっと成功した「犠牲の少女」像であるように思われる。なぜだろう。一つにはもちろん、徹底した考証に基づくリアルな歴史絵巻の中の少女だから。あと、「のん」が偉大だから。

 そして「少女」というのは、「トトロ」のさつきとメイしかり、まどかしかり、常に現実をゆがませる役割を担うわけであるが、浦野すずほどこの役割を巧妙に担っている「少女」はいないのではなかろうか。物語の冒頭で「ばけもの」を呼び寄せたのは彼女の役割を象徴的に担っているのだが、この「ばけもの」以降、すずが物語世界を明確に「非現実」にするシーンはない。(白木リンとの出会いなどもあるが…あれは普通に現実だったのだろう) その代わり、彼女は「日常生活のかすかなゆがみ」を担い続ける。それが冒頭で描いたような、さまざまなゆがみ、残酷な戦争との彼女の関りが招いたゆがみである。すずが圧倒的な存在であるのは、この現実と「ゆがんだ」世界のバランスの非凡な均衡のためではなかろうか…。