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一眼でも生きている石

やるべきこと:体重65kg、ゴミ出し、掃除、睡眠時間の確保。できるまで他の一切は不要

勤務3週目

 16日、初任給をもらう。予想より少し高めの金額。28歳で正規雇用で働いている人間がもらう給料としてはまったく高くなかろうが、これまで週数回のアルバイトしか経験していない身にはたいへんな昇給であり幸福感が大きい。

 仕事については、バイトでの経験でよくわかっていたが自分は決してできる人間ではない。軽い発達障害ではないかと見ている。上司の指示を正確に把握し損ねることが多いし、言われたことをきちんと覚えておくことも苦手だ。自己流に走って失敗することもある。これらは、程度の問題もあろうが、発達障害の典型的な症状ではないか。よく知らないが、発達障害の人に向いている職業、職場のリストを見てみると、自分がかつて憧れた/今も憧れているのが多く含まれている。

 17日金曜日午前中、上司にやや強めに注意される。「国家公務員である以上あなたの行動はすべて法律に基づかなければならないので、軽率な行動は慎みなさい」というようなことを言われる。自分の行動の何が軽率だったのか、よくわからなかったのでああ自分はやはり仕事ができないタイプだとネガティブな感情を抱えて昼休み、「仕事ができない」などとググって、上記の発達障害の話題を見出して読みかじる。そうして、自分は多かれ少なかれ発達障害なのだと自己認識して気持ちを新たに午後の仕事に臨んだところ、人の話の聞き方や伝え方にも確かな変化があり、上司に少し褒められた。

  ここまで「発達障害」を連呼してしまったが、ネットで読みかじっただけの知識でこの手のタームを使用するのはほんらい慎まれるべきである。ただ自分の生来の性格がホワイトカラーの仕事に向かないのは確かで、「ホワイトカラーの仕事に向かない」という状態を表すのに「発達障害」という言葉を使った。そういう側面もあると思う。

 自分は人と打ち解けるのが苦手というか、打ち解けたいという気持ちがどうも欠けている。特に最近は顕著だが、雑談が苦痛である。人と相対すること自体が苦手というわけではない。今の仕事は窓口対応メインであり、様々な層と対面して説明をしたり質問を受けたりしているが、この業務はむしろ楽しいくらいだ。提出された資料から相手のバックグラウンドを想像し、感慨にふけることもある(デリケートな個人情報を扱いまくる仕事でもある) 会話の目的が明確であり、いつ始めていつ終わればよいのかがはっきりしていれば、人と接するのが楽しい。しかし、それらがすべて曖昧な「雑談」を含めながら人間関係を構築していくとなると、もう私の最も苦手な分野である。

 2年近く、同棲している彼女以外の人間にほとんど会っていないし、会っても楽しいと感じることがあまりない。彼女とだけはちゃんと「人間関係」しているのが実に不思議なくらいだ。

 今年の8,9月ごろ、囲碁を共通の趣味とする仲間が欲しいと強く思っていた。それでいっぺん若い人たちの集まりについて行って飲んだのだが、例によって楽しくなく、それっきりまた行きたいとは思わなくなってしまった。碁会所からも足が遠のいた。囲碁はネットで一人でやっていても差し支えない趣味である。

 発達障害ぎみの人間にとって公務員もまた楽な仕事ではないが、人間関係構築の重要性は民間企業に比べてかなり低いので、とりあえず公務員という仕事は間違っていなかったなあと感じる。

 それでも、いずれは文学・文筆に関わって生きていきたいという思いは絶えない。公務員は世を忍ぶ仮の姿として、生活の支えとして、リスクヘッジとして、文筆に反映するための経験を得る機会として、それなりに適している。自分を見失わぬようほどほどにがんばっていきたい。