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一眼でも生きている石

やるべきこと:体重65kg、ゴミ出し、掃除、睡眠時間の確保。できるまで他の一切は不要

勤務4週目

 窓口対応の公務員をやっている私のところには「私が会社を辞めたのはひどいセクハラのためなんです」と泣き出さんばかりに訴える若い女性や「おれは会社都合で辞めたのであって自分から辞めたのではない」とお怒りの年配男性がやってくる。まだ勤め始めて一ヶ月も経たない私にはそういった深刻なケースは対応できず、上司の手が空くまで待ってもらうしかない。上司や先輩の、彼らに対する対応を見ていて、他人の苦悩と真正面から向きあえていいなあと妙な羨望を感じる。この日本社会の、主に労働に関する問題の当事者から直接訴えを聴くことができるのがこの仕事の醍醐味であるはずなのだ。大した権限はないのでできることは限られているが、早く一人前になって彼らと誠心誠意向き合えるようになりたいという向上心がある。

 一方で自分が役所仕事に人生を賭けられる気はどうしてもせず(賭けられるならそのほうがいいのかもしれない)、通勤電車の中で社会人が通える大学院を探したりする。法律や経営方面はずいぶん充実しているが、文学方面、特に中国文学となると何も見つからない。冷静に考えると、独学でいいだろ、という分野だからなあ。

 そういった逃げ道を求める程度には仕事が苦痛だ。ほとんど毎日、職場に最後まで残っているのは自分と同じ係の先輩と係長の三人、という状況。金曜日は8時退勤で、残業代は本来2時間45分なのだが1時間45分ぶんしか出ない。仮にも労働行政の現場がサービス残業を強いているのが現状である。(我が親玉の厚生労働省は、サビ残1時間どころではないが…) ちゃんと権利を主張できない自分が悲しい。

 今の仕事の今の部署は、管轄地域(某県)全体で最も忙しい部署であるとのこと。そうなれば、最初にいちばんキツイ仕事を体験して後の人生はより楽な仕事、ということになるので希望がもてる。

 私の職場では係長が自分の身体と家族を犠牲にして熱心に仕事をする一方、課長が場合によっては定時前にさっさと帰ってしまうので、若干ギスギスしている。だが課長のおかげで、私も早く帰ることへの「罪悪感」がかなり軽減されるので有り難いことだ。課長までもが仕事熱心だったら相当耐え難いことになっていたのは想像に難くない。

 私は例によって発達障害っぽさを発揮していて、人の指示を正確に把握できず、話も理解できないので、苦笑されたりして恥ずかしいと感じる。くだんの課長には「君を指示なしで動かしたらどういう動きをするのかおもしろそうだな」と意味深なことを言われた。「これで高学歴なのかよ」と思われてるのではないかと疑心暗鬼になる。(どうやら先輩は専門学校卒らしい。東大卒もいるし、経歴の幅が広い職場だ) ただ、この恥ずかしさには慣れそうだな、と感じる。自分は結局、仕事がデキる自分、なんてものをちっとも夢見てはいないようである。